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20141014

posted Oct 20, 2014, 7:13 PM by Akihiko Shirai
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面白いとは何か
その物事に対して夢中になれること、楽しく思えること。
おもしろいとは何か?それは他のことが考えられなくなるくらいに、一つの物事に熱中している状態のことをいうのではないか?
「面白い」というワードの具体性について知ることができた。
興味を持たせることが大事だが、人によってマーケティング方法も変わっていく。

興味のない人に向けるのではなく、興味を持つかもしれない人に向けるのが賢い方法?
面白い とはなにか
日本語では「わかりやすく楽しいもの」であるが
英語で表したほうがわかりやすい。
funnyこっけいだったりinteresting興味をそそるようなコンテンツが
有名なタイトルになっているのがわかる。
面白さを人に伝えるために
言葉の意味とコンテンツ経験をつもうと感じた。
「面白い」とは人を動かすことである。
ただし、面白いことについて驚くことは最初の1回のみで、さらにそこから使ってみたい、やってみたいという感情を湧き起こすにはかなりの工夫が必要であることがわかった。

今回の面白さについても、前回と同様「個人差」「人それぞれ」といった言葉でまとめてしまえばそれまでであるが、それを提供する側に立った時、永く使ってもらえることを考えると、必ずついてきてくれるような人たちをターゲットにするのではなく、「興味はあるけど行く(買う、使う)ほどでもない人」をいかに増やすか、その人たちをどうやってこちら側に動かすかが重要であると学んだ。
面白いとは、顔がぱあっとするくらい明白で、分かりやすく楽しいものである。
このことから、はっきりと自分の中で楽しいという答えを出せるものが面白いものであると言える。
また、面白いとは人が動くことである。つまり心が動かされることでもあるように思える。
「面白いとは何か」
今回、この面白いとは何かと言うことに触れて、前回の「美しいさとは何か」と同じように、曖昧で、主観的な部分が多いように感じた。
言語としての定義で、顔がぱぁっと明るくなり、分かりやすく、楽しいものとされているが、これらも全て主観だと言えるので、曖昧で、またそこが面白いと感じた。
面白いとは何か。
自分で考え形にしたものが、面白いかどうか自分の視点だけでなく、他の人からどう見えているのかの意見を取り込むことが出来るかで、真の意味で面白いを追求出来るかが決まると思った。また、これは「面白いかどうか」以外の事柄でも言えることだと考えるので常に意識したい。
おもしろい とは何か
言語的には 顔がぱっと白くなるくらい明白でわかりやすく楽しいもの
様々な意味がある。

2003年の小学生にiPhoneを説明するためには?
人は脳内にあるideeを表象にしてコンセプトに落とし込み人に説明をする。
面白いとはなにか?
 言語的定義はあるが、その本質をしっかりと定義することは難しい。
 驚きや感動、自分も体験したい、など人の心を動かすことができるものを面白いと考えることが出来るが、同じ体験でも感じ方は人それぞれである。
 自分が作る側に立った時は、どういった人をターゲットにするか、またそのターゲットがどういったことを面白いと思うか、それを意識することが重要である。
いままでは、おもしろいとは何かを考えたことが無かった。おもしろいとは楽しくこととあまり変わらないと思ったけれど厳密に考えてみると違いました。楽しいはやってみてからのことだけれど、面白いは、興味を持つところから始まるのだと分かりました。

面白いとは何か?顔がぱあっとするくらい、明確で楽しい気分なことである。
人に興味を持たせるには新しいことをしたり、使ってみたい、やってみたいと思わせることが大切だとわかりました。




「おもしろい」とは何か。F君は「気分が明るくなる」と答えた。言語的定義を考えてみれば日本語では「顔がぱあっとするぐらい明白でわかりやすく楽しいもの」で、英語ではfunnyやinterestingがそれにあたる。「おもしろいもの」となるとそれはまた別の意味を持つ言葉となり、それを決めるのは人それぞれの自由である。
面白いとは何か?

日本語の意味としては、顔がぱあっとするくらい明白で分かりやすく楽しいもの

英語ではfunny や interesting など、楽しいや知的興味があるが類似する。

自分が面白いと感じたアイデアの具像を見て他人はおもしろいと感じる。
またそれは最初の一回のみ。

メディアアートは自分がやったことを他人におもしろいと共感させることで、アートは自由なものである。

また、自分が持っている才能は名かな自分では気がつかず、他人に指摘されて発見することが多い。


企画者は「おもいろいもの」に共感できるがそのイベントに来る程ではない人をどれだけ巻き込めるかがポイント。
”おもしろい”とはなにか。
おもしろいとはつまり、楽しいと感じること。提供される刺激が、その人にとって心地よいものであればよい。
 つまり、おもしろいものを作ろうと思うなら、心地よい刺激を出来る限り幅広く受けてもらう必要がある。マニア向けに作るならばその限りではないが、私達が関与するであろう仕事では世間一般向けのコンテンツを作ることが多いはずだ。
 なので、いわゆる「普通の人」という部類が心地よく思う刺激を提供できるように努力することが肝要なのだろうと、今回の講義で感じた。
自由のないアートはアートではなく単なる「作業」であること。
面白いというのは興味を引くことだと学んだ



メッセージの方も読んでくださいね
面白いとはなにか
定義:顔がぱあっとするぐらい明白でわかりやすい(楽しい)こと
英語:funny 楽しい
interesting  「知的に」楽しい

私個人の面白いの定義は、まず第一に自分が楽しい、充実感が感じれるかどうか、そして周りの人の数人が自分と同じように感じるかだと思います。自分だけ面白いと感じていても周りがだれも感じていないと「あれ、本当は面白く無い?」と思ってしまうからです。ただし、周りが楽しくても自分が楽しくなければそれは面白くは無いと思います。私はそう思います。
”おもしろい”とは何か、自分なりに考えて最初に浮かんだのが、予測できない方向にあるものがおもしろいのではないかと考えた。なぜその方向に向かっていったのか考えるのが楽しいと感じるからだ。この考え方を講義内容で学んだことと合わせると、”新しい”や”驚き”に視点を置いて、自分がおもしろいと考えているとわかった。
おもしろいと思ったものが、創作者の理想によって作られているものだとしても、創作者がほかの人に伝えるために、目に見えるように形にしたものを観賞している限り、それは観賞している人を通して見たコンセプトであり、属性であるものだと学んだ。
"おもしろい"とは何か?
私は「おもしろい」とは、「自分の想定外のことが起こる」ということだと考えていたのですが、授業内で「fun」と「interesting」に分けたとき、この定義は「interesting」のほうの意味で、また面白いには別の定義があるのではないかと感じました。
本日の議題の中で、2003年の小学4年生に"iPhone"を面白く伝える際、授業で発言した人は全員エンターテイメント機能についてしか触れなかったのですが、私はそれは「おもしろく伝える」という前提があったのだから当然の結果かと思いました。
理由は、エンターテイメントとは「おもしろい」を目的として作られたものであり、おもしろさを感じさせる際に引き合いに出されるのは当然だと思ったからです。むしろ電話などの「機能」は、生活の中で必要とされ、欠陥を埋めるために生み出されたものなので、それを題材にしてまっとうに「おもしろい」を説明することは難しいと考えました。
また、前回の授業のミニッツペーパーの中で、アートとはつまり自由な事である、という意見がありました。私は違うと思います。しかし、アートとは自由なものかもしれませんが、アートを極めるということは自由を極めるということではないと思います。
私が考えるアートとは、選択することだと思います。ただ制限のない自由ではなく、自分の描きたいもの、表現したいものを、自分の思う最適な技法で表現する、またそれを選ぶ、それこそアートだと思いました。
更にもう一つ、前回のミニットペーパーの中にあった、中立についての話で、先生は中立でいることは難しいとおっしゃいましたが、私にとってはどちらかの意見に身を置く方が難しいと思いました。なぜなら、討論をする中で、自分の意見が正しいと思い続けるということは、それを貫く技量や意思がないと到底できないことのように思うからです。
自分の中の定義について、違う意見が多く出てきたので、これらの点について、こういった異なる意見を持つ人とディベートしたら面白いかもしれないと思いました。
初めに、「面白い」の定義を問われたときに、すぐに言葉が出てきませんでした。「面白い」を英語に直すと、「fun」と「interesting」に直せます。「fun」は、エンターテイメント的に面白く、「interesting」は、知的に面白い、という意味です。「面白い」にも、このように複数の種類がある、というのは今まで考えたことがなく、新しい発見でした。私は、最初に「面白い」の定義、と言われて「無意識のうちに笑ってしまうようなこと」、というエンターテイメントの部分だけの「面白さ」しか考えていませんでした。両方の面白さを備えたメディアコンテンツが重要だと思いました。
おもしろいとは英語では「楽しいこと」「知的興味がある」ことに分けられる。10年前の自分たちにiPhoneを伝える要素はゲームだけでない。iPhoneは携帯電話にゲーム機能を付け加えるだけではなく、デバイスとして進化させた。これは「理想」の具象になっている1つの例である。
また、「おもしろい」を定義する、あるいは具象化するということはそれに弱点が生じることである。私たちはそれについて十分な対応を考える必要がある。アートは自由なものであるし、中立を取ることは簡単である。しかしながら、最良な結果を出すためには準備が必要である。
面白いといった感情的な部分は非常に曖昧である。そう言う意味では人間は感情が強い生き物であるから生き物の中で一番曖昧なのではと思った
面白いとは何か?
言語的定義では顔がぱあっとするぐらい明白になる気分と興味をそそるという意味がありましたが、私が今回の講義を聞いて、面白いとは興味をそそるの意味が強いと感じました。
なぜなら、私は、前回のディベートでも中立の意見が正しいと思っているようなコンセプトを否定しないがどちらでもない考えを常に持っていることが多いので教科書の漫画の内容には興味をそそられたからです。
「おもしろい」とは何か?
人がびっくりしたり、やってみたい、すごい、そうであるべきなど、人をそういった感動を与えられるものであることを学んだ。
また、理想におけるコンテンツは、そういった感動を要素として含ませることが重要である。この理想について、中立の意見である「普通の人」向けにどうおもしろく思わせるかが、企画者の力であり、お金をもらって働ける人になれるかだ。
今回は「面白い」について学んだ。「面白い」とは何かはあまり分からなかったが、この「面白い」もまた、「美しい」と同じように人によって感じ方が違うものなのだと思った。ただ、人によって違うからこそ、何かを買っていただく為には自分が面白いと感じるものというよりは、買う人が面白いと思えるように発信していかなければならないのだと感じた。
面白いとは何か。英語ではfun(楽しい)、interesting(興味のある)、humorous(滑稽な)などが訳として挙げられるが、共通していることは「遊びの中にある」ことではないかと思う。
遊びということはつまり自由であり、自由であるならそれはアートと言えるのでは無いだろうか。
たまに「仕事が面白い」という人もいるが彼らは仕事すらも一種の遊びとして取り組めているのだろう。
 何かお客さんに楽しんでもらうもの(ゲームや映像など)を作る時、「見ている人の立場になって考えろ」とよくいいます。ですが「ハッカーと画家」という本の冒頭で、アメリカの自動車はマーケットや広告業者が消費者のニーズを調査してデザインするとありました。一見すると感じはいいですがこれではまず新しいことは起きません。
 今回の講義での面白さとは「新しさ・驚くもの」とありました。iPhoneがヒットした理由は、いいもの悪いものではなく今までになかった「exciting」なものだったからだと思います。
※送信するときにエラーがでて送信できたか分からないため、再度送信いたします。送信ができていたら申し訳ございません。

最初に、「面白い」の定義を問われたときに、すぐに言葉が出てきませんでした。「面白い」を英語に直すと、funとinterestingというように2つに分けることができます。funは、エンターテイメント的に面白いということで、interestingは、知的に面白い、という意味です。私は、「面白い」の定義を問われて出てきた言葉は、「無意識のうちに笑ってしまうものごと」だと思いました。ですが、英語に直して見ると、「面白い」には、知的に面白い、という意味もあるということに気がつきました。現代のメディアコンテンツには、2つの面白さがあるものが人気が出ると思います。
「面白い」とは、「顔がぱあっとするくらい明白で分かりやすい、楽しいもの」と定義付けられていることを初めて知った。また、iPhoneの魅力をどう伝えるかを考察したことによって、いつの時代もエンターテイメントは人々に欲されているものなのだということも学んだ。そして、他の人にはない、自分だけの理想・コンセプトをいかにうまく具象化して伝えられるかが重要であると学んだ。
面白いとは何か?
誰かが考えているIdee(理想)をデザイン、クリエイションし具象化したものだと感じた。
また、同じようなIdeeがあっても、それを具象化する人によって面白さが変わってくる。単純に見た目が面白かったり、ストーリーが面白かったりと、面白さにも様々なものがあることが分かった。
Ideeを相手に見せることは出来ないので、それを具象化して相手にどんなものかを見せることから、Ideeを具象化する過程で、それが、面白いものになるのか、それとも面白くないものになるのか大きく変わってしまうと気づいた。


全く興味が無い層より、少し興味のある層に着目した企画が効果的だということが分かった。
面白いとは目の前が急に明るくなった感じのを表すのかなと思いましたが、面白いの他に明白という言葉が全然浮かんでこなかったので、勉強になりました。
前回のディスカッションでは反対派と賛成派の人たちが言い合っていてちょっと面白いなと思ったことがありました。面白いということは何かなど考えたこともなかったので、難しいと思いました。
面白いとは何かについて、相手に面白さを伝えるということで、その伝える対象がどうしたら面白さを感じるのかという点を考えて伝える。つまりその面白いという定義をどう考えるかによって、面白いということが人によって変わっていくことが学べました。
自分たちが使っている”面白い”という言葉は、曖昧であったということを改めて理解できた。
人に面白いを伝えることは、一見簡単そうだが、いざ考えてみると全く思いつかなく、その点からも曖昧さを理解させられた。
「面白いとは何か」
英語訳も含め「面白い」の意味について再認識した。
今思えば若者たちがハマるニコニコ動画や2chねるといったインターネットのツールを私も使っているが、時たま、にやりとしたり楽しいと感じる時がある。面白いの日本語や英語訳の意味(顔がパァっとするぐらい明白でわかりやすい楽しい、funnyの楽しい)としてこのツールを使っている時に示す私の反応についてとても当てはまり、こういったツールが「面白いもの」として合点がいきました。
同時にこのような最近面白いとされるツールには人前では出来ない事や言いたい事をコメントしたりなど、内気な日本人が日頃は気を使って出来ないあれやこれやができるため人々がハマるのではないかと感じた。
「面白いとは何か」
日本語で顔がぱあっとするくらい明白で分かりやすく楽しいもの、つまり面が白くなると、そのままの意味だったことを知った。
今回講義を受けて、人が動く、人を動かす力があるものを面白いということを学んだ。たしかに人は楽しいことや、興味があると思ったものに対して、自主的に(積極的に)行動してしまう。それが面白いということだと気づくことができたのが、今日一番の学びだった。
また、前回の解説でa pictureとthe pictureの説明がためになった。
「おもしろいとは何か」この疑問は永遠のテーマだと思った。講義内では言語的定義や英語、日本語など表面的な部分が紹介された。意味としては「笑える」という意味と「興味深い」という意味の2種類が存在することも紹介された。私としては「おもしろい」というのは「笑える」ということなのではないかと考えている。人間は自分と同じ考えを持つ人間が現れたとき笑う。また、常識的におかしいと思うことわ笑う。この「笑う」という行動が現れるときに脳内では「おもしろい」と感じているのではないだろうか。
第3回「”おもしろい”とは何か?」で学んだこと
人と人との関係で、コンセプトや理想をもって物事を伝えるためには、具象をデザイン、エンジニアリング、プロダクトすることが必要であり、それがメディアアートで重要である。また、物事を面白く伝えると、人はびっくりし、やってみたいと感じ、他でもそうするべきだと考え、人を動かすことができる。
その上で「面白く伝える」ためには、不特定多数に向けて伝える側が面白いと感じていることを伝えても、「おもしろい」の見方はひとそれぞれなので、それは一方的に面白さを伝えているに過ぎない。メディアアートでは少しでも面白いと感じてもらえる人をいかに増やすか、どれだけ揺らいでいる人を取り込めるかということが大事である。
面白いとは何か?
おもしろいとは、作品や企画の対象となる人物のみに対して生じる感情である。たとえ大多数の人間が「おもしろい」と評価した作品でも、対象外の人物は「おもしろくない」と評価することもある。全ての人間が対象となるものを製作することは困難である。
おもしろいとは何か

前回と今回の授業は哲学的な内容であるように感じました。今回は”面白い”の語源や意味、アートの自由さなどについて理解することができたように思います。ほかの受講生が前回のミニッツシートになにを書いたか知ることができたので新たな考え方を学べました。それにより前回のディスカッションの反省点が見えてきたように思えます。
"おもしろい"とは何か?

おもしろいとは、そのものが明白でわかりやすくどれだけそのもの興味・感心をもって触れてもらいどれだけ楽しいと思うか。だが興味や感心を持ってもらっても楽しいと思ってもらうには興味や感心以上のものが必要である。
面白いとは何か?
 面白いとは、相手が明白に瞬時に理解できるくらいわかりやすく、負の感情を抱かず自分の考えとは想定外の楽しいもの。
わかりやすくて相手がすぐに理解できないと伝わらないし、同じ考えでも共感にしかならないので、びっくりする新しいものが面白いということだと思いました。驚くのは、一度だけなので一番最初に新しいことを作る、提示するとき、最初に出すというのは重要だとわかりました。
 普段使っている言葉でも、問われると明確に答えることは難しい言葉は多いので普段から文章内の言葉や要素を答えられるように考えることが大切であることが理解できました。
面白さは主観ではなく評価できそうだと感じることができました。
アートは自由であるべきであるというのは少しずつではありますが理解できるのですが、評価されるためには面白さの評価基準に従うことなども必要なのかと感じた。
”おもしろい”とは、定義として日本語では「顔がぱあっとするぐらい明白でわかりやすく楽しいもの」、また英語では「funny」と「interesting」とあるが、それぞれは「楽しい」「興味がある(知的におもしろい)」というようにニュアンスが異なる。
2003年の小学4年生におもしろく伝えるiPhoneというお題に、私はうまく答えをだすことができなかった。今では当たり前に使っている機能を小学生に対してわかりやすく説明する方法が思い浮かばなかった。他の人の意見を聞きくと、GBAなどの当時流行していたものと比較していて、世代に合ったものに例えるとわかりやすく伝わるのだと思った。
面白さを他人に伝えるためには、相手をびっくりさせることが重要である。しかし、びっくりを相手が感じるのは初めの1回に限られるため、新しさを求められる。そして、相手が使ってみたい、やってみたいと行動を起こさせるような説明が必要であること。これらのことを講義を通して学んだ。
今回、「おもしろい」とは何かという題で講義となりました。
やはりと言うべきか、人それぞれに"おもしろい"の感覚が違うようで、発表された中には自分が「おもしろい」と感じなかったものもあります。
11年前、自分は10歳程度。その頃妙に冷ややかだった覚えもあり、その頃を考えるとどうすればおもしろいか思いつきにくかったです。
"おもしろい"とはなにか?
言語の定義は「面白い」である。
日本語の意味では「顔がぱあっとするぐらい、明白でわかりやすく楽しいもの」
英語の意味では、funny(楽しい)とinteresting(興味がある、知的におもしろい)等がある。

アートは誰にも強制されることなく、個人が自由に表現するものであるが、
メディア・アートの場合は表現したものを"面白いもの"、"楽しいもの"だと思ってもらう必要がある。

アートを表現するには、自分の理想をコンセプト化し表現する必要がある。
そのアートを面白く思ってもらうためには、一番最初の印象(びっくりするもの)や、使ってみたいものや
新しいもの、技術的合理性のあるものであり、それを伝えるプレゼンテーション能力が必要である。

メディア・アートを仕事にするためには、企画側の人間になる必要がある。
どんなに企画側の人間と近くても、企画しない限りお金を払う側であり、
自分の面白いを共有するためには、理想を表現していかなければならないことが分かった。
”おもしろい”とはなにかということを改めて考える講義でした。
確かに、子供に買ってもらうために魅力を伝えるときは、
楽しいやおもしろいといったことから、物を買ってもらいます。
自分もそんなふうに着眼して書いていました。
そういった意味で、単純なのかなと思いました。
あと、アートは自由なものなのだということを知りました。
自由なものと聞いてなんとなく好きになれるかなと思いました。
「面白い」とは、語源は面(つまり顔)が白い(はっきりとした、明るい)からきており、つまり表情明るくなっている様子がわかること。また英語で「面白い」はfunny、interesting、funなどがあり、それぞれ滑稽な面白さ、知的な面白さ、愉快な面白さ、といった違いがある。以上のことから面白いとは"どのように"という部分にさまざまな違いはあれど楽しいや興味深いといった明るい感情を呼び起こすことだといえる。
「面白い」の言語学定義について。
英語ではinteresting(興味がある)、funny(楽しい)で、日本語では、顔がぱあっとするくらい明白で楽しいということ。
面白く伝えると人が動く。
自分自身の才能は自分が気づいてないのかもしれない。
面白いとは何か?ということについての自分の意見は、五感に刺激を与え、人を笑顔にしたり、人に興味関心を与えたりするものだと思う。例えば、とてつもなく臭いものを嗅いだとして、嗅いだ当事者は深い感で顔をゆがめるかもしれないが、第三者はそれを見て、笑ったり、興味を示し自分もその臭いものを嗅ぐかもしれない。また面白いと感じることは一種の才能なのかもしれないと思う。自分はたまに友達が笑っていないところで、笑うことがある。授業でも、「自分自身の才能は自分が気がついていなのかもしれない。」とあったので、面白いと感じることが才能の一部であると思う。
面白いとはパッと見て思わず顔がにこやかになる。もっと言えばその作品や商品を見て「心が動かされること」であると考える。
感動したときも同じく心は動かされるが感動したけどつまらないということはあり得ないのである。
人間の心は周りの環境と時間経過で変化していくので作品や商品を面白いと言わせる時、その時その人達の心の動き方を理解する必要がある。
例えば授業で出た2003年の小学四年生にiPhoneについて教える時大事なのは電話の昨日よりもアプリや斬新な機能(タッチパネル)である
今回の講義で学んだ”面白い”とは何か。
講義を通し私のが考えた「面白い」とは、何かに対し「新しい発見」があることだと思いました。
新しい発見が無い、つまり日常的で当たり前のものに対して「これは面白い!」と思うことが無いのと同じことです。
また、当たり前のことからどれだけ上手く離れているかにより面白さの度合いが決まるのではないかとも思いました。
例えばアニメーションを作り出す際、物語として「普通の日常生活」を描いてもそこには当たり前のことしか描くことは出来ません。しかし、普通の日常生活からかけ離れた「非日常生活」を描くことによってそこには「新しい発見=面白さ」がうまれるからです。
なので以上のことを踏まえ私は「面白い」とは「新しい発見」と思いました。
面白いと思うことは自分が楽しいと思えることであると自分は認識していました。
言語的定義では
furny 楽しい
interesting 興味がある=知的に面白いといった意味がある。
ふと私は疑問に思った。
例を挙げるなら「なぜ物語(作品)はどうしておもしろいのか。」
続きはどうなる?と興味を引く物語(作品)の構成は知的に面白いからなのだろうか。
言葉遊びといわれてしまってはそれまでではあるがどうしても気になった。
しかしそんな疑問もすぐに消えた。
面白いものは驚き、すごさ、まったく新しいことであり技術的合理性を含んだものというコトを理解することができた。

面白いとは何か?

面白いとは、自分の気持ちが高ぶるということだと思う。高ぶるといってもそれは人それぞれであり、つまり面白いと思うことは人によって異なることだと思う。更に面白いと思う対象は、漫画などの目に見えるものから、仕草などの目に見えないものまで、かなり広い範囲であると自分は考える。
面白いとは何かについて、私はアイデアや何かを教える時にとても重要になるモノだと感じました。
面白いと感じるアイデアやデザイン、授業などはインパクトがあってしばらくは覚えていられますし、授業でもやったように小学生4年生に伝える時は面白くなければ飽きてしまわれると考えたからです。ただ、その「面白い」には人それぞれの感性があるので、万人に面白いと感じれる考えた方を出来るようになりたいなと思いました。
「面白いとは」
面白いとは、で調べると楽しい・愉快・興味をそそる・心をひかれる、などがあった。私も自身の感覚として何かに取り組んで最終的に、これは面白いと感じるまでには最初に興味があって近づく事から始まり、そして内容が楽しいと感じるとそれが結果として面白かったという印象になることが多いと感じた。
よって例えば、自分で製作したゲームが消費者に面白いと言わせる感じさせる為には、まず興味を与えるパッケージなどから始まり実際に楽しませる内容などの段階が無いと結果的に面白いという感想は産まれないと考えられる。
面白いとは何か?
 言語的定義であれば、funny(楽しい)やinteresting(興味ある・知的に面白い)である。2003年の4年生に”iPhone”面白さを伝える内容を5つ程度考えた結果、誰もが当たり前過ぎて見落としていた「遠くの人と会話する」ことを上げていなかったことに面白さを感じた。このことから、面白いとは、面白いと思われていたことが当たり前のことになってしまうと面白いと感じなくなってしまうものである。
面白いとは、人に理想を伝えたときに、その人がびっくりしたり、使ってみたいと思ったり、すごいと思うようなもの。
私は映画やゲームで面白いと感じても、「何が面白かった?」と訊かれると上手く伝えられないことが多い。言葉でその作品の面白いと感じたことを伝えられるようにしたいと常々思っている。
おもしろいとは何か?
言語的定義、英語でのfunny,interestingという二つの言葉。
具体的におもしろいもの
びっくり(一度きり)、使ってみたい、すごい、新しい、そうあるべき。
おもしろいとは、日本語の定義で表せば顔がパッとするほど明白でわかりやすく楽しいものとあるが、もう少し入り込むと、ビックリする・使ってみたい・やってみたい・すごい・新しい・そうあるべき(技術的合理性)が挙げられることがわかった。
確かに、パッチンガムなどがあるが、一度引っかかってしまえばその時はびっくりしても、その後びっくりすることは少なく「持続性」がない。

自分的に面白いとは「人の心を突き動かすもの」と捉えていたが、それだけではただ単に「その時だけ心が動くもの」になってしまう。
心を動かしたあとに「何度見ても面白い」「一度だけじゃ語りきれないほど深く面白みがある」などの「持続性」が大事であると感じた。

アートとは自由で、自由でないアートはただの作業でしかないということも学び「確かに」と共感しました。
例として、中学校の美術の時間「自由にキャンパスに描いてください」と言っておきながら提出の際「もう少し〇〇君のように工夫しろ」とか「それはなんなのか、真面目にやったのか」と問われたことがあるのですが、私は手直しをしませんでした。そこには「自由に描けと言っておきながら何故〇〇のような絵を描かなくてはならないのか。真面目に描いてこの作品だ」という思いがあったからである。(結局C判定だったが・・・)

それを考えると、"おもしろいアート"とは、ただ単に自由に描いてそれが人の心をただ動かすのではなく、持続して心が動いていくアートが"おもしろいアート"なのではないだろうかと思う。
おもしろいとは何か
日本語の言語的定義は顔がぱーっとするぐらい明白でわかりやすい
である。
興味があるということもおもしろいにふまれることもある。
そのほかには気分が良くなるということもふまれる
”おもしろい”とはなにか?私が思うおもしろいとは、やはり、ドキドキすることだと思います。言語的定義に近いかも知れませんが、ドキドキ、興奮、そのような心臓の鼓動が速くなるような感情こそおもしろいだと思います。
・面白いとは何か
言語的定義確認

interesting/funny
楽しい・興味がある/可笑しい
アートとは自由なものである。誰かに指図されたり決まった範囲での自由はアートではなくなる。自分の中のIdeeを好きなように具現化し表現したものがアートである。
今回の講義を通して"おもしろい"とは何か?について構造的に学びました。
私は、今まで面白いモノは発信された時点で面白いモノであると漠然と思っていました。しかし、講義を聴き、改めて考えてみると受け手が面白い!と思わなければそれは面白いモノではなく、自分が発信した情報は受け手に面白さが理解されて初めて面白いことになるんだ、ということに気づかされました。
「おもしろい」とはなにか?
おもしろいの定義は人それぞれと言ってしまえば簡単だが実際に当てはめるとなると難しいものである。
英語では「funny」や「interesting」などや日本語では顔がぱあっとするぐらい明白でわかりやすくたのしいものとされているがそれも伝えるのは難しい。
理想を伝えてなるほどと思わせること(おもしろいモノ、コト)は具象がないと具体的に伝えることができない。
自分がおもしろいと伝えるためにはデザイン、クリエイション、エンジニアリング、プロダクションなどをしなければならないことを学んだ。
おもしろいとは何か?
過去の人たちにiPhoneをどのようにおもしろく伝えるかを考えたときに、おもしろく伝えようとするとiPhoneがどのようなものなのかをうまく伝えられず、iPhoneについて詳しく伝えようとするとつまらない説明になってしまった。そのことから、伝えることや興味の引くことの難しさを学ぶことができた。また、おもしろさを伝えるには、Idee(理想)をデザインなどの具象とともに提示し、常に新しいものを考えなくてはならないということも学んだ。
 面白いの言語的意味合いは、顔がぱあっとするぐらい明白で分かり易く楽しいものである。2003年の小学生にiPoneを面白く伝えるという題材に取り組んだ。面白いというキーワードが含まれると本来の電話やメールといった携帯電話としての機能よりも、ゲームなどのエンターテイメント寄りな伝え方が主となった。つまり電話やメールは面白いものではないと判断しているのだろう。携帯電話がスマートフォンとなり今現代普及しているのは、ゲーム等の人々が分かり易く面白いと感じるエンターテイメント性が必要だったのではないかと思った。
 自分の中の理想やコンセプトを相手にどのような手段でおもしろいモノ・コトとして伝えるかが重要であることを学んだ。
面白いとは世の中にはたくさんのものがあると思います。
お笑い芸人をみて面白いという感性、自分のやっていることが面白いというもの
面白いという言葉は同じであって同じではないものがいろいろあると考えられます
Idea、理想からコンセプトを取り出す。
メディアアートは具象をデザインしている。
2003年の自分におもしろくiPhoneを伝えるワークでは、電話としての機能を説明することよりも、ゲーム機としての性能を説明する回答が多く、メディア科らしいなと感じた。しかし、よくよく考えてみると2003年当時の自分にiPhoneの持つスペックを教えたところで理解を得られるはずがない。わかりやすく楽しいものというのは人それぞれ異なっている。
面白いとは何か。
英語ではfunny-楽しい、interesting-興味がある(知的に面白い)。
顔がパァッと明るくなるくらい明白で分かりやすく楽しい。
このことを踏まえてiPhoneを2003年の小学3年生に伝えるとなるとどのように説明するか。私の答えも含めて殆どの人が、iPhoneを電話やメールなどの連絡手段としてではなく、ゲームができるなどの説明をすると答えた。
2003年では、ほとんど連絡手段として携帯電話を用いたが、今現在ではゲームを含めたコンテンツを楽しむために用いているとも言える。連絡手段として利用するのはもう当たり前(新しくない、古い)になっていて、面白い(新しいもの、使ってみたい、やってみたい)と思うものが求められている時代になっている。
面白いとはなにか?
ある理想や考えが他の人に伝わり、びっくりされたり、使ってみたい・やってみたいなどと理解されて、人が動いてはじめて"面白い"となる。
講義では、『"おもしろい"とは何か?』とアートについて学ぶびながら考えました。

『"おもしろい"とは何か?』については、定義することの難しさを実感しました。自分が言葉に明確な定義をもったとしても、他人とは少し違う定義をもっているかもしれない。そんな中、言葉で自分の考えを他人に伝えれば、認識や考えにずれが出来てしまう。人々は、霧に包まれような不透明な中でコミュニケーションを行っているのだなと感じました。

アートについては、「アートは自由である」ということになんとなく納得できました。特に納得できた部分は、アートには種類があるという点です。究極的に自由である「クリエイションアート」、アートに対する評価が生じるのが「メディアアート」という点です。アートの要素すべてを含めた答えではなく、2つに分けて考える考え方は盲点でした。新しいモノの考え方、見方を知ることができました。
「面白い」の定義が人それぞれであり、対象が変わることでまた定義が変わることを知った。
人によって感じ方が変わってくる上で、「面白い」と思わせられるコンテンツを作ることの難しさと、思わせられるクリエイターやエンジニアの凄さを再確認した。
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