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ForLavalVirtual

(授賞式でのスピーチの場をいただきました、これはそのドラフト原稿です)@3月29日

Laval Virtual参加者の皆さん、
そしてLaval Virtual関係者の皆さん、
アワードの祝いの場にこのような機会をいただき、ありがとうございます。

フランスのTVや新聞では毎日のように、日本のカタストロフについての報道がされているようです。
これからお話しすることは、そういったメディアには映らないリアルな日本のお話です。
ぜひ、周りの人々に、伝えていただきたいのです。

日本では昨夜、福島原発でプルトニウムが発見されて騒ぎになっております。
長崎に落とされた原爆で使われ、数グラムで日本人の人口をすべて生き絶えさせるような猛毒が発見されたのです。
そのような衝撃的なニュースが毎日のように政府から伝えられます。
このような状況で、日本人はなぜ落ち着いていられるのでしょうか。
まず、いままで何の知識もなかったような人までが、かなり原子力には詳しい状態になっています。
福島から300キロ以上離れた都市に住む一般市民も
家に閉じこもって怯えたり、買い占めたりといった軽度のパニックになっているように思いますが、
国外に逃げ出したり、引越しをしたり、という人は政府から勧告を受けた危険領域にいる一部の住民です。

外国側から見れば「日本人はおかしい、なぜ逃げない、情報統制されている」というように見えるかもしれません。
しかし多くの市民においては、実際にはTVで入ってきた情報を受け入れるしかないのです。

震災直後は多くの地域で、命に別状はなかったけれど、家具が倒れたり、帰宅できないといった状況になりました。
しかしそのダメージから数日で立ち直り、現在にいたるまで、被害の全容をつかむことすら難しい状況でした。
死者の数は毎日のように増え、1万人を超えております。
津波によって街全体が流されたり、市役所そのものが消滅したりと、毎日のように衝撃的な映像が流されます。
街中では物流が停止し、加えて震災に関係の無い都市で買い占めが起き、被災地に食料や薬が届かないという状況もありました。
生活では、ガソリンもなく、職場に行くこともできない、食料の調達も困難といった状況に加えて、
放射能汚染により、水や野菜も手に入らないといった状況も始まっています。
3年5年10年といった大変長い戦いをしなければならないことも「だんだんと見えてきた」という流れなので、
不満はありますが、ほとんどの人々がそれを受け入れています。
しかし、これほどのカタストロフであっても、地震や火山に囲まれた恐怖の国土であっても、
パニック映画のようなことにはなりませんでした。
人間は理解して受け入れることで、その暮らしを続けるのだということを気付かされます。
実際に、慣れ親しんだ生活や、子供たちの教育環境を捨てて、逃げ出すことは難しい選択肢なのです。

想像してみてください、
フランスにもたくさんの原子力発電所があります。
あなたの家と、離れて住む両親の家の途中にある原子力発電所が事故を起こし、両親との電話連絡が途絶えたら?
みなさんはどんな方法をとってもその連絡の取れない家族の安否を確認するために車を走らせるでしょう。
しかしガソリンを給油するのに6時間もの長蛇の列に並ばなければならないのです。
パリから数百キロメートル離れた原子力発電所が2週間かけて徐々にメルトダウンを起こしたら?
空気中に飛散する放射能が、長期的に見れば安全ではないけれど、
50年前、1960年代の核兵器実験時代と同じぐらいの濃度であればどうでしょう?
友人に「こっちのほうが安全だからおいで」といわれても、買ったばかりのマンションを手放すことはできないでしょう。
若い人だけではないのです、お年寄りも、子供たちもいますから事態はより複雑です。

このような状況で、バーチャルリアリティや、ロボット技術は何か役に立てるでしょうか?
残念ながら、高いテクノロジーと国の支援によって支えられてきたにもかかわらず、
この種の技術は、災害の現場ではいまのところ目立った成果を上げてはいません。
高レベルの放射線下で半導体装置が一切使えない環境、
ロボットが瓦礫を持ち上げようにも、向かうための道路がない、
電源十分な電源も、照明も、ガソリンもない環境、
技術は持っていても、この緊急時に実際に使える技術として配備されていない状況なのです。
研究者の多くは「無力さ」を感じています。
そして、より新しくて困難で現実的な課題に取り組み始めています。

市民にとってのテクノロジーや危機管理についても同様です。
「原子力発電が危険である」と声高に主張することはできても、
それを簡単に止めることはできない現実を、我々は身をもって学ぶことになりました。

しかし、コンバージェンステクノロジーの活躍の場は、災害の現場だけではありませんでした。
WikipediaやTwitterはどんなニュースメディアよりも早く、速く、専門的な知にたどり着かせてくれました。
CGやメディアアーティストもそういった(sensibilityの)場で活躍しています。
1ミリシーベルトと1マイクロシーベルトがどれぐらいの差なのか、パーティクルを使って可視化したり、
原子力発電所をオナラに例えて子供たちに説明するアーティストもいました。
そうすることで、目に見えない恐怖を理解し、乗り越えていくための知になっていくのです。
おそらく今、日本の子供たちは世界中で最も原子力の科学に詳しいでしょう。

最後に、我々は、平和なときには全く気づかない
「日本人としてのアイデンティティ」を再発見していることに気付かされました。
このような困難から逃げるのではなく、どのように向き合うか、によって、
その人それぞれの未来、国の未来、技術や文化そのものが生まれてくるのではないでしょうか。
毎日のようにやってくる停電のおかげで、日本の家庭は電気を消すことを学びました。
子供たちと暗闇のなか蝋燭の灯で夕食を食べることは、フランスではよくあることですが、
日本の子供たちにとっては、誕生日のお祝い以外はありえませんでした。

日本とフランスは原子力という共通の技術基盤において、協力してすすめてきました。
同様に、VRとコンバージェンス技術において、特に日本の研究者とLavalは十年以上にわたって
友好的な関係を築いてきました。
世界の裏側の人々と出会い、交流し、お互いを見て学んできたのだと思います。

今回、多くの日本からの発表者が、出国してフランスに行くことを躊躇しました。
震災後、恐怖で新しいことに手をつけられない日々であったことは間違いありません。
しかし、Laval Virtualで、平和なフランスを見ることで、頭の切り替えにもなったはずです。
楽しみや豊かさを超えた、芯のあるイノベーションとは何なのか、
日本人はさらなる挑戦をしていくことと、私は期待しています。

どうか皆さん、日本を世界から孤立させないでください。
他人ごとではなく、「良き隣人」として、受け入れ、お互いを学んでください。
映像や、風評や印象だけでなく、個々人の理解の本質を深め、本質的な人生の質向上に
バーチャルリアリティとコンバージェンス技術がどのように役立てるのか、
これからも共有したいと思います。

このような機会をいただき、ありがとうございました。  白井暁彦

Dispo a Laval Virtual 2011 Awards


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