VR技術を使った子育て就業改善に向けた調査「テレ育児スタンス」結果データ公開

先般実施いたしました、働き方改革に関するアンケートの結果を公開いたします。

アンケートの結果(一般・立教)

https://bit.ly/TELE17GR

アンケートの結果(SSL)
https://bit.ly/TELE17SSL

以下,「働き方改革のためのVR技術(第1報) 子育て就業環境改善にむけた調査『テレ育児スタンス』」として第22回日本バーチャルリアリティ学会大会(2017年9月27日)にて発表予定です。

働き方改革のためのVR技術(第1報)子育て就業環境改善にむけた調査「テレ育児スタンス」

著者:白井暁彦(1),東田茉莉花(1),浅野隆弥(1),小野原愛(2),米澤一造(3)

(1) 神奈川工科大学 情報学部 情報メディア学科
(2) 株式会社 ネットジンザイバンク
(3) 株式会社 富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ

要約:VR技術,特にtelexistenceを使った企業における働き方改革への貢献に取り組んでいる.現存するリモートロボットの活用とそれに必要となる機能や使われ方,潜在的需要と展開の上での障害を明らかにするため,(1)一般,(2)私立中高一貫校の父母・卒業生,(3)IT企業の社員についてアンケート調査「テレ育児スタンス」を実施した.結果から,リモートロボットよりもバーチャル会議が求められており,また因子分析より「既婚/未婚」の別が回答に高い寄与があることが明らかになった.
子育て就業環境改善のためのワーク・ライフ・バランス評価として,技術開発とともに継続調査していきたい.

モチベーション

近年,VR技術はコンシューマHMDとモバイル技術,コンテンツ開発技術の急速な普及を背景に,急速に研究の意義を変化させてきている.従来の基礎研究・応用研究・コンテンツ研究に加えて,社会実装とその手法を確立させていかなければ,急速に普及する社会におけるVRとの接点や需要を持たない乖離した研究ともなりえない.
本研究はVR技術,特にtelexistenceを使った企業における働き方改革への貢献に,企業活動を通して取り組んでいる.実際のIT企業における現存するリモートロボットやVR技術の活用と,それに必要となる機能や使われ方,潜在的需要と展開の上での障害を評価し,需要からソリューションを開発する手法をとる.

研究の背景「働き方改革」の必要性

近年,我が国では首相官邸および厚生労働省を中心に「働き方改革」を推進している.「働き方改革」の定義については本質的な意味を持たないため本稿では割愛するが,社会の問題に対して技術,具体的にはICTソリューション,そしてVR会議やテレイクジスタンス技術などによって,何らかの解決は得られるはずである.
一方で,技術だけで解決が図れない問題もある.例えば「ワンオペ育児」など女性の家事や働き方を中心にした課題は技術だけで解決するものであろうか.鈴木は「休日における夫の家事・育児への関与は平日の「埋め合わせ」になるのか――妻の就業形態」において,大規模なアンケート調査からワーク・ライフ・バランス,家族,子育て,夫婦の関係を明らかにし「幸せ」を計量調査する「家族社会学」という分野に取り組んでいる.2011年の調査では,夫が家事や育児に費やす時間量,平日/休日を加味しながら,妻の主観的意識との関わりを調査から,拡大していく妻と夫の生活時間の格差を明らかにした.

本研究の予備調査として,実際のIT企業「富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ(以下SSL社)」において現存するリモートロボット「BEAM」や「DOUBLE」を試用し,活用展開の可能性とそれに必要となる機能や使い方,展開の上での障害を評価した.SSL社では同時期にMicrosoftのソリューションである「Lync(Skype for Business)」によるビデオ会議,テキストメッセージ,Githubなどのチケットベース開発といったソリューションについても展開しており,また障害を持つ社員や女性社員の活用についてはDiversityを広げる活動を長期的に実施している.

このような背景から,研究当初は「子育て就業環境支援のためのリモートロボット」を提案することを考えた.しかしながら「女性が使いやすい」「家電のようなリモートロボット」などを決め打ちで提案したとしても,それは女性の働き方や家庭でのロール,責任を決めつけているだけであって,本質的な解決を提案していることにはならないかもしれない.例えば,女性の出産・乳幼児保育といったライフイベントは人類のハードウェアとしての仕組みが変革されない限り,変わりようがない.一方で,日本の少子高齢化社会の問題は,子育てに加えて介護のようなジェンダーに関係がないはずの問題も目前に迫っている.2017年現在の日本社会において,このようなライフイベントに対する就業スタイルの変更にICTソリューションとしてのVR技術がどのように貢献できる可能性があるのか,社会調査を実施することは意味があるだろう.

調査

調査はインターネットを介したWebフォームによるアンケートを利用し,国内の(1)一般,(2)私立中高一貫校父母,(3) IT企業の3つのグループを対象に実施した.まず(1)一般はTwitterを中心とした任意の参加者,(2)は宗教観や教育に熱心な父母に注目するため,私立中高一貫校である立教池袋中学高等学校の保護者およびOBを中心とした任意の集団(以下「立教」)に依頼し,(3)IT企業はSSL社内に協力を要請し,実施した.展開と回答構成の必要上,(1), (2)は同一のアンケートフォームを利用し,(3)は別途,共通項目の削除と詳細項目の追加を行った.質問項目と生データについてはこちらのURLで公開している.

アンケートの結果(一般・立教) https://bit.ly/TELE17GR

アンケートの結果(SSL) https://bit.ly/TELE17SSL

結果

回答グループの属性と家族環境

表1:各回答グループに対する,同居家族の数(上段)/子供の数(中段)/未就学児童の数(下段)

回答数は{(1)一般:(2)立教:(3) SSL社}がそれぞれ{48:24:145}(名)の合計218名であった.男女比は男性が(1)66%, (2)44%, (3)74%.生まれ年の上位は(1)1985,82,78年,(2)1972, 76年,(3)1968, 69, 70, 83年.回答者の勤務形態としての内勤/外勤は内勤者がそれぞれ(1)75%, (2)80%, (3)64%であった.業種は「IT企業」が(1),(2)全体を通して最も多く24%,次いで「電気電子メーカー」(14%),「サービス」(13%),「その他」(16%)であった.

配偶者の有無は(1)60%,(2)76%,(3)70%と同程度である.同居家族,子供,および未就学児童の構成は(1),(2),(3)において異なる属性を得た.(1)一般においては「0名(単身)」が27%と最も高い一方で,次いで同居家族「2名」が25%,子供は{1子:2子:3子}={21%,13%, 11%}と幅広く順当であり,「未就学児童1名以上」が29%を占めた.当該グループ(1)の参加者は,本件に対する関心の高さがうかがい知れる.一方(2)立教関係は父母とOBが混在しているが既婚・未婚で分離することができる.同居家族「3名」(48%),子供の数「2子」(40%)と偏りがある.未就学児童は0%である.同居家族「2名」である一方、子供の数「2子」について,単身赴任等のワンオペ育児状態である可能性も推測できる.

(3)SSL社は全社的な協力を依頼したため最もサンプル数が多い.属性として既婚率が高く7割,同居家族{独身,1名,2名,3名}={18%, 22%, 30%, 19%}とあり分散している.子供の数は{なし, 1子, 2子, 3子以上}={44%, 28%, 22%, 3%}の順であり,(1)一般と比べ1~2子に重みがあるが,未就学児の比率は(1)一般同様に20%存在する.また今回の調査において「要介護の扶養家族」は(3)SSLにおいて2%が存在したが,97%が介護環境にはなかったため割愛する.

 

SSL社内の在宅ワーク環境と現状の評価

本節においては働き方改革に全社として取り組んでいる(3)SSL社内に対してのアンケート結果に注目して報告する.以下,特に断りない場合は(3)SSL社内についての結果である.まず「結婚や出産,介護といったライフイベントの予定はありますか?」という質問に対し,「可能性はある(時期は未定)」が59%と最も高く,「おそらくない」が29%,「数年以内に予定がある」が13%となった.また「現在,上記のようなライフイベントによる休職の予定はありますか?」という質問に対して,「おそらくない」が51%と最も高く,「可能性はある(時期は未定)」は44%,数年以内に予定があるは5%となり,ライフイベントの予測はしつつも休職をすることは考えてないことが読み取れる.

SSL社内では在宅ワークを積極的に進めている一方で調査参加者においては在宅ワークの経験が「ない」が84%と最も高い.「これからもしてみたいと思う」が52%と多数派であるが,「してみたいができない」が35%,「今後はしたくない」が12%存在した.「業務内で実際に使用したことのあるシステム」について,「テキストチャット(Lync,Skype)」が80%と最も高く,次いで「テレビ会議(Lync,Skype)」(73%),チケットベース開発は17%の順で,「リモートロボット」および「アバターを使ったバーチャル会議(Cluster)」はそれぞれ1%であった.このことから,現状のテキストチャット,テレビ会議等の普及は進んでいるが,それが在宅ワークに繋がっているわけではない現状が見える.またICTツールではなく「してみたいができない」という職場の環境に依存した問題が存在していることが明らかに読み取れるため,今後のツールの高度化についても明らかな需要があるとは言えない状況である.

現状の在宅勤務を経験して感じた課題(SSL社内)

在宅勤務経験者に対して「現状の在宅勤務に感じる良い点について」を複数回答可で質問したところ,「通勤ストレスがなくなった」が87%と最も高く,次いで「家族との時間が増えた」(48%),「集中力が増した」(35%),「自由な時間ができた」(30%),「勉強をするための時間ができた」,「趣味のための時間が増えた」,「家族との時間が増えた」,「健康を気遣う時間が増えた」がそれぞれ22%であった.また「現状の在宅勤務を経験して感じた課題」(複数回答可)について,「メンバーとのコミュニケーションが少なくなった」が48%と最も多く,次いで「在宅では片付かない仕事がある」(48%),「ツールの使い勝手が悪い」,「業務に集中できない環境である」,「オンオフの切り替えがつかない」がそれぞれ30%であった.設問設定時に想定していた「プライベート・プライバシーが侵される」,「化粧や服装を気遣う必要がある」,「メリットが見つからない」という意見は回答がなかった.

 

 

理想の在宅勤務とその評価

今後のVR技術を用いた働き方改革の可能性について理想の在宅勤務とその評価についても設問を設定した.在宅勤務をするうえで「理想の時間の使い方に当てはまるもの」という質問に対して,「時間帯に制約がない勤務」が39%と高く,次いで「現在と同じ勤務時間帯」と「完全裁量性」がそれぞれ30%で同数となった.「配偶者もしくはパートナーは在宅勤務が可能か」という質問について,「不可能」が32%と最も高く,次いで「居ない」(22%)「勤務していない」(21%),「可能」(19%)の順であった.「配偶者もしくはパートナーの職場環境に在宅勤務の制度ができたら」については,「良いと思う」が76%と最も高く,在宅勤務の可否がパートナーの魅力につながる点も明らかになった.質問「バーチャルリアリティについて」,「聞いたことはあるが,やったことはない」が54%と最も高く,次いで「やったことがある」が30%となった.「リモートロボットについて」の同様の質問は,「聞いたことはあるが,やったことはない」が63%比べて高く,次いで「知らない・わからない」25%となった.VRのほうがリモートロボットよりも知名度が高いという結果である.

本調査の本旨である「あなたにとっての理想の在宅勤務に近いものはどちらですか」という質問を「リモートロボットによる勤務」と「バーチャル空間内のオフィスでの勤務」の2択で選択させたところ.バーチャル空間でのオフィスが81%と最も高かった.

『理想の在宅勤務』によってライフイベントや仕事はどう変化するか?(上段:SSL社内/下段:一般・立教)

また「『理想の在宅勤務』によってライフイベントや仕事はどう変化すると思いますか?」という質問に対して,全回答グループの結果を図2にまとめた.全体を通して共通の傾向にある項目とその最多選択肢は「妊娠・出産のしやすさ」,「育児の負担」,「介護の負担」,「健康」,「趣味・余暇」は「良くなる」との回答が全グループで多数派である一方,「出会い・結婚の機会」,「スキル・キャリア」,「収入」は(1)一般,(2)立教においては「変わらない」が多数派,(3)SSL社内においては『変わらない』に加えて「悪くなる」が比べて顕著となっている.特に「出会い・結婚」においては意見が分かれている.

調査「テレ育児スタンス」の応用

ここまでの結果から,リモートロボットよりもバーチャル会議が求められていることがわかった.しかしVRやロボティクスを用いた働き方改革はこの調査結果だけで安直に導かれるべきではなく,従来のフレックス勤務,遠隔オフィス,育児環境改善を含め,ソリューション提案や個別の施策だけではなく,ユーザの需要分析をより深く進めて行くべきだろう.

因子分析による設問の評価

調査を行った3つのグループに対して,共通の設問で調査・分析を行ってみると,同居家族,配偶者の有無と子供数が大きい寄与を持つことが読み取れる.表2は全設問をMacromill社Quick-Cross3による因子分析(基準化バリマックス法,因子数=2)によって寄与率を算出し,上位を列挙したものである.これによると全体の質問に対して,役職や間接/直接部門の別などではなく,子供の数,同居家族の数,そして配偶者の有無や配偶者もしくはパートナーの在宅勤務可否に正負の相関があることがわかる.

表2上は同手法によって(1)一般,(2)立教の回答グループを因子分析した結果である.こちらも同様に子供,同居家族,配偶者の有無に関わる設問に相関があることが読み取れる.社会的なロジックを鑑みれば,これらの寄与率の高い設問の背景には「配偶者の有無」が影響していることが推察できる.%ため,今後の調査を行う上では重要な要素であることを確認できた.

表2:因子分析による寄与率上位の設問(上段:SSL社内/下段:一般, 立教)

因子による特徴的な結果の違い

「既婚・未婚」因子によるフィルタリングを設定し,特徴的な結果の違いを発見できたので報告する.まず比較として「理想の在宅勤務」について結果を性別でフィルタリングすると,基本的に図2の構成比と変わりなく,第1位が入れ替わるような差は,回答グループ(1),(2)では「結婚」においてのみ「男性:変わらない/女性:悪くなる」と,回答グループ(3)での「スキル・キャリア」について「男性:変わらない/女性:悪くなる」のみが性差による逆転現象を確認できるに留まる.

「既婚・未婚」因子によるフィルタリングでは,同回答グループの「収入の変化」回答群{良くなる,変わらない,悪くなる}に対して,未婚者は{24%,64%,12%}と「変わらない」が多数派ではあるが,既婚者は{2%,79%,19%}と「良くなる」が明確に減り,特徴的である.

同「スキル・キャリア」回答群{良くなる,変わらない,悪くなる}の回答グループ(1),(2)において,未婚者が{48%, 40%,12%}で「良くなる」が若干の多数派であるが,既婚者は{23%, 62%, 15%}と明確に「変わらない」が多数になる.

例えば「理想の在宅環境」についての設問は,{リモートロボット:バーチャルオフィス}について2択で強制選択を2回質問する.最初に「(価格を考えない場合の)理想の在宅環境」,次に実際の費用負担を問い,再度「(価格を考慮した)理想の在宅環境」を問う.

回答グループ(1),(2)の未婚者は前後で{8%:92%}→{4%:96%}となり,これだけではリモートロボットが不要のように見えるが,既婚者は{27%:73%}→{33%:67%}とリモートロボットが増えている特徴が見える.

2つの質問の間に設定された「費用負担」について,バーチャルオフィスに対する費用負担は(1),(2)で既婚未婚の差はなく,「無料(自己負担は許容できない)」が32%と最も高く,次いで「月額1,000円程度」(26%)「月額5,000~10,000円」(15%)の順であった.一方,リモートロボットに対しては全体では「月額5,000円程度」が26%,次いで「月額5,000~10,000円」(24%)と比べて価格設定が高く,一方で「無料(自己負担は許容できない)」(21%)であり多様だが,「既婚・未婚」因子では,既婚者が若干低い金額設定を回答した.単に未婚者が「若く・未経験である」という憶測は可能であるが,「既婚・未婚」因子に展開方法を検討することにより応用でき,社内での具体的な展開がはかりやすい状況まで導いたといえる.

今後の可能性

本調査の結果とSSL社内へのフィードバックにより,時間の使い方と対面コミュニケーションの必要性,超過労働の防止策,会社の評価制度について,これらの障壁をどう取り除くかを含めた議論も必要であるとの認識も生まれた.今後のVR技術の研究としては,既婚未婚の立場の違いを理解できる「Real Baby」のような体感型シミュレータに加えて,対面コミュニケーションの必要性を明らかにしつつ,時間的非同期化が可能なVR環境「A.I.Show」の開発と,本アンケート調査を発展させ,男女や職能の別ではなく,出産・乳幼児保育といったライフイベントにより、就業スタイルの変更を余儀なくされる可能性のある未婚~既婚世代の従業員にフォーカスし,子育て就業環境改善のためのワーク・ライフ・バランス評価,リモートワークとDiversityに関するアセスメントツールとしての「テレ育児スタンス」を継続的に開発・提案していく.

謝辞

本研究は株式会社富士通ソーシアルサイエンスラボラトリとの共同で実施しています.また一部,神奈川工科大学のVREAK(バーチャルリアリティエンタテインメントナレッジ)センターの支援を受けています。大規模実験アンケートにご協力いただいた各位,立教池袋中学校・高等学校 内田芳宏教諭に感謝を記します.この研究は,神奈川工科大学のヒト倫理審査委員会の承認を得ています(第20170628-1号).

追記:VRSJでの発表(9月27日)以降には,詳細なプレゼンテーション資料も公開したいと思います.